
クラシックの国際コンクールの舞台となり、ジャズやロック、ゴスペルなどの音楽祭も街を挙げて催される仙台。
もはや杜の都と音楽は切り離せなくなった感もある。その主役の一つが仙台フィルハーモニー管弦楽団だ。
団員として活躍する二人に語ってもらおう。
原田哲男さん
「仙台フィルからお話をいただいた時は、運命的なものを感じました」と原田さん。音楽家への志を立てた大学一年の年、仙台フィル東京公演の大きなポスターが目に留まった。仙台が政令指定都市になった1989年、楽団が新たな名称でジャンプアップを図った時のものだ。その新鮮な活気が印象強く、杜の都仙台に憧憬を抱いたのだという。九州男児とあってか、明朗かつ真摯な受け答えだ。
一方、生粋の仙台っ子である小池さんは、我が町の仙台フィルを聴き育って団員となった。「海外留学から戻って、仙台は音楽が似合う街だと、改めて感じました」と遠い眼差しで語る。欅並木の潤いや素朴ながらも厚い人情が、自らが籍を置く楽団の音色と重なってくるのだろう。そして「仙台は温かいファンばかり。純粋にクラシックが好きな方も多いし、メンバーを個人的に応援する方々も沢山いますよね」と話題を広げる。
「仙台はオーケストラと市民の距離が近い、とても素晴らしい環境です」。原田さんによれば、団員はオーケストラ活動以外にも、楽器を指導したり、各所でミニコンサートを開くなど、市民とふれあう機会が多い。従って観客の中には顔見知りが大勢交じることになる。東京の音楽会なら、終幕後は楽団員も聴衆も急いで帰途に着くのが当たり前。しかし仙台の場合は、ロビーで団員とファンが交流するのが常というのだ。
仙台は、仙台フィルだけでなく、ベガルタや楽天などのプロチームを多くの市民が支えている。「仙台はとにかく住み心地がいい。だから、みんな気持ちに余裕が持てるのでしょう。僕が長いこと住み着いているのも、居心地がいいからですよ」と原田さん。
都会の機能がコンパクトにまとまり、海や山や温泉が近い仙台。「一番町の賑わいは、曲で表現すればラヴェルやガーシュイン、サティでしょうか」と小池さん。20世紀初頭のパリやニューヨークで、先端を歩んでいた音楽家たちだ。「なるほど・・。少し郊外に行けばドイツの田舎の雰囲気もあるから、おおらかな曲想も似合うね」と原田さんは言い添える。少し時代を遡った、シューマンやブラームスあたりだろうか。いずれにせよ、故郷が美しい旋律で表現されるのは心が弾んでくる。
小池まどか さん
今後の展望を伺うと・・。オーケストラとは別に、サロンでのバロックコンサート活動にも力を注ぐ小池さんは「古楽器のバイオリンの音色も魅力的。オーケストラでのモダン楽器と、両方を追求していくつもりです」と話す。また原田さんも、一番町の菓子店や焼鳥店でのミニコンサートを続けている。「僕の方が街に出て演奏すると、普段はクラシックになじみが薄い方でも、興味を持って聴いてくださる。終わった後に一緒に飲んだりして、僕としては非常に嬉しいし、やりがいを感じます」。
街を散策しながらショッピングするのが好きという小池さんと、路地裏の小さい店をのぞいて新しい発見を楽しむという原田さん。
「これからも一番町の色んな場所で、多くの方々と音楽での交流を深めていきたいですね」と声をそろえて締めくくった。


